世界の現場から~JVCの中の人ブログ~

国際協力NGO「日本国際ボランティアセンター(JVC)」のスタッフ・インターンが綴る、あんなことやこんなこと。

最終回:2015年度広報インターン 清水春香/渡邊由香

 

みなさん、こんにちは!そして、あけましておめでとうございます🎍✨

広報インターンの庄司です。

 

少し間が空いてしまいましたが、今回も2015年にJVCのHPで公開されたスタッフインタビューを紹介します!  

NGOで働く人たちには様々なバックグラウンドがあり、国際協力分野に興味がある人はもちろん、就活中の人などにも面白い内容だと思いますので、是非楽しみながら読んでいただけたら幸いです😊 

 

注:役職は2015年当時のものとなっており、現在とは異なる場合がございます。予めご了承ください。

 

 

 

 

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広報担当の大村です。2015年10月からはじまったこのスタッフインタビュー、早いもので最終回です。2015年度広報インターンの清水さん、渡邊さんは合計19人のスタッフインタビューを実施し、自分たちの手で、記事に仕上げてきました。ただでさえよく喋るスタッフの多い中(笑)、現役大学生である2人は時間をやりくりして、時にはインタビューに関する本を読み、時にはインターネットで検索し、また時にはスタッフに相談しながら、この全19記事をつくりあげました。 「もっとNGOで働く人たちのことを知って欲しい」という2人の強い想いのもとはじまったこの企画、最終回はこの2人にスポットライトをあててみたいと思います。(このインタビューは2016年3月に行ったものです)

 

スタートはやや緊張気味・・・?左が渡邊さん、右が清水さんスタートはやや緊張気味・・・?左が渡邊さん、右が清水さん

 

まずはじめに、インタビューの感想を率直にどうぞ

渡邊:本当に楽しかったけど、記事をつくるのがこんなに大変だとは!と思い知りました。話を聞いた時はたしかに面白かったのに、自分が記事に起こすとつまらなくなってしまう。その時の空気感とか温度とか、どう伝えれば読者に届くのか、試行錯誤の日々でした。スタッフに相談したり、自分で色々なインタビュー記事を読んで研究してみたり、自分が読んで「面白いな」と思った記事の構成を真似してみたり、得るものの多い半年間でした。

 

清水:同じく、私もここまで記事をつくるのが大変なことだとは思わず、苦労しました(笑)不特定多数に閲覧される、団体のHPに載るものだという以上、責任も大きい。たくさん話をしたからといって、全部を記事に起こすとものすごい量になって間延びしてしまったり、、、。取捨選択をして、印象的だったエピソードを中心にまとめていくなど、多くのことを実践で学びました。

 

一番心に残ったエピソードは誰のどんな話でしたか?

渡邊:パレスチナ事業担当の並木さんのエピソードで、パレスチナで男の子にナンパをされた話です。インタビュー中に並木さんの言った「紛争地だって、人は恋をするし、ナンパだってする。そこに変わりはないし、私はそれを伝えたいから、アラビア語を勉強することを決めた」という言葉は、私に大きな気づきを与えてくれました。初めて紛争地の人を身近に感じることができたし、言われてみたら当たり前のことなのに見えなくなっていた部分を、ガツンと私に届けてくれました。

 

実体験に基づく並木さんの話は、どれも「パレスチナ」という未知の地域を身近に感じさせてくれるものだったそう実体験に基づく並木さんの話は、どれも「パレスチナ」という未知の地域を身近に感じさせてくれるものだったそう
 

清水:コンサート事務局石川さんの、就職活動の話ですなかなか就職活動の波に乗れなかった当時の話は、裏表のない石川さんをそのまま表していて、素敵だなと思いました。いつのまにかJVCのボランティアチームが居場所になり、アフリカに強い興味を持ってエチオピア渡航するまでのエピソードの中で出てきた「やりたかったのにやらずに安定を求めた後悔の方が辛い」、「自分で決めたことなら、後悔する結果になったとしても責任がとれる」という言葉は、留学するかどうか悩んでいた当時の自分自身の心を大きく揺さぶりました。私は来年から留学をすることに決めたのですが、この石川さんのインタビューがきっかけで、「自分に言い訳したくない。一歩踏み出そう」と思って行動することができたように思います。

 

留学に悩んでいる時に本当に良いタイミングで、石川さんの経験を聞くことができたそう。これも運命?!留学に悩んでいる時に本当に良いタイミングで、石川さんの経験を聞くことができたそう。これも運命?!
 

インタビューをしてみて初めて分かったことはありましたか?

渡邊:NGOスタッフになるまでに、皆さん色々な道のりを経ているということです。加藤さんのように学生時代からこの道一本!という人もいれば、宮西さんのように色々な経験をしてから転職をしている人、9.11や3.11が契機になっている人もいて、いま同じ場所にいてもきっかけは人それぞれなんだな、というのが印象的でした。

 

清水:この世界への入り口、きっかけそのものは誰にでもあるようなことで、疑問を感じるようなこと、何かしたいと思うことが起きた時に、純粋に「行動したかしないか」の違いなんだな、と気付きました。行動を起こした人がここには集まっていますが、きっかけ自体は特別なことじゃなく、報道だったり、旅行だったり、小さな頃の想い出だったり、普通に生活していれば誰にでも起こり得るようなことだと知れたのが、大きな収穫でした。

 

「もっとNGOで働く人たちを知って欲しい」という2人の想いから始まったこの企画ですが、一言で表すとどんな人たちでしたか?

渡邊:ズバリ、「迷いのない人」です。長く勤めた会社を辞めたり、進路を変えるには皆さん何かしら迷いがあった上で決断されているのかと思っていましたが、大きな決断をする時に「迷わなかった」と答える人が多くて驚きました。迷うより先に「やりたい」「変えたい」「知らせたい」という想いがあって、それが行動のベースになっている人が多いと感じます。

 

清水:ズバリ、「思ったより普通の人」です。「普通の人で良かった!」という感じでしょうか。NGOで働く人って特別な人だと思っていましたが、皆さん休日には公園でお子さんと遊んだり、日常生活を営む普通の人たちでした(笑)。変わった人が多いとか色々聞くことはありますが、私は逆に、みんな1人の普通の人間なんだな~、と実感した1年でした。

 

だいぶ緊張がほぐれて本調子に・・・笑だいぶ緊張がほぐれて本調子に・・・笑
 

共感した考え方や、座右の銘はありましたか?

渡邊:ラオス事業担当の平野さん座右の銘「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」と、その選択理由が、共感というか、新たな発見でした。「縁を大事にする」という考え方はべースにありつつも、「必ずしもずっと繋がり続けているのが良いというわけではなく、離れていても、いつか再会した時にその縁を大切にしたら良い」という考え方は、単純にかっこいいなと。今後の自分の行動指針にしていきたいと思っています。

 

清水:やはりコンサート事務局の石川さんの考え方です。あとは複数のスタッフが口にしていた「経験は無駄にならない」という言葉も、深く心に残っています。留学に迷っている時にこれらの話を聞いたことで、「無駄にはならない、やってみよう」と前に進むことができました。

 

1年間のインターンを終える2人。今後の予定と抱負を教えてください。

渡邊:私は今まであまり冒険をしたこともなく、進路についてもまっすぐ、公務員一択で進んできました。インターンも、海外に興味があったというよりは、今後の人生経験の1つにしたいという気持ちが強かったです。でもこの1年、たくさんの人に触れ、話を聞き、知らなかった世界を知り、少し自身のことをゆっくり考える時間が欲しいと考えるようになりました。このまますぐに就職活動に入るのではなく、一度腰を据えて将来を考えたいなと。なので来年は1年休学をして、アルバイトをしながら将来について考えることに決めました。この1年で得たインプットを自分で消化しながら、前進して行きたいです。

 

清水:迷っていた留学、4月からオーストラリアに旅立ちます。何もかもが初めてで知らないことだらけですが、結果はどうあれ、迷っているならやってみよう!と思えるようになった1年でした。どんどん新しいことに挑戦する場を自らつくって、それを乗り越えて自分の力にしていきます!

 

これからが楽しみです。最後に、この1年を、漢字一文字で表してみてください。

突然のことに、かたまる2人。「無」・・・突然のことに、かたまる2人。「無」・・・
 

渡邊:「縁」。自分がここでインターンをしたのも何かの縁だし、進路についての考え方が変わったのも、縁。ご縁は大事にしながらも、必ずしも継続的なつながりを求める必要はないと知れたのも、縁です。1年間、良いご縁に恵まれました。

 

清水:「考」。常に考え続けた1年でした。自分の考えを求められることも多いので、ニュースを見ては考え、大学の授業を受けては考え、積極的に物事を考えるようになりましたね。インタビューにしても、「どう書けば伝わるのか?」、受け取る側の目線で、客観的に考えるようになりました。受身にならずに、考え続けた1年、これに尽きます!

 

渡邊さんは、「縁」渡邊さんは、「縁」
清水さんは、「考」清水さんは、「考」

最後にもう1つ・・・

大村:2人のアイディアで、スタッフ似顔絵リレーをしたけれど(インタビューを受けたスタッフが次の人の似顔絵を描く)、第1回の谷山さんだけ前の人がいないので似顔絵がありません。さみしがっているので、描いてあげてください。

人には気軽にお願いしてたけど、いざ自分が頼まれると大変!という2人(笑)描きながら笑いが止まりません人には気軽にお願いしてたけど、いざ自分が頼まれると大変!という2人(笑)描きながら笑いが止まりません
 
なんとか完成するも、笑いが止まらない・・・笑なんとか完成するも、笑いが止まらない・・・笑
 

ここで偶然近くに座っていたアフガニスタン事業加藤に、どちらがより似ているか、ジャッジをお願いしたところ、渡邊さん(左)の作品が選ばれました。

 

喜びの瞬間。普段割と物静かな渡邊さん、渾身のガッツポーズが出ました喜びの瞬間。普段割と物静かな渡邊さん、渾身のガッツポーズが出ました
 

          髪型に立体感がないとのこと(笑)

   手先の器用さに定評のある加藤画伯から、細かい講評が。髪型に立体感がないとのこと(笑)

 

渡邊作。優しくも意思のあるまなざしを表現できたと本人談清水作。「私はホクロの場所(目の横)を覚えていたんです!」との弁

2人の作品はこちら。

左:渡邉作)優しくも意思のあるまなざしを表現できたと本人談

右:清水作)「私はホクロの場所(目の横)を覚えていたんです!」との弁

 
 
 
似てるじゃない、と嬉しそうな谷山。清水さん、ホクロの位置、ばっちりですね!似てるじゃない、と嬉しそうな谷山。清水さん、ホクロの位置、ばっちりですね!
 

谷山本人も大満足?の仕上がりでした。インターンも代表もスタッフも関係なく真剣に議論したり、こうやって笑いあえるひとときが、JVCインターンの1つの魅力なのかもしれません。清水さん、渡邊さん、改めて1年間、お疲れ様でした!

 

20160721-i-15.jpg

 

2人は3月で1年間のインターンを終えましたが、4月からまた新しい広報インターンが入ってきてくれました。2016年度も「インターン発」の企画が始まるかもしれません。どうぞお楽しみに!

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いかがでしたか?

 

ついに、2015年度分が終わってしまいました、、!

この年のインターンは、なんと19人にインタビューし、記事にしたという驚きの量をこなした先輩たちです。

 

私も実際にインタビューを行ってみて気づいた、大変さ。

その人をひきだすインタビューの仕方や文章の書き方、

見習うところがたくさんありました。本当に尊敬します!

 

今後も、過去のスタッフインタビューの紹介や、

 近々、新たなスタッフインタビューも更新する予定なので、

そちらも合わせて楽しみにしていてください😊

 

私のインターン生活は残り僅かですが、

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします🦔🙏

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

それでは、また!

 

 

 

 

 

 

 

 

第19回:経理担当 中原和江

 

こんにちは!広報インターンの庄司です。

 

今回は、2015年にJVCのHPで公開されたスタッフインタビューを紹介します!  

NGOで働く人たちには様々なバックグラウンドがあり、国際協力分野に興味がある人はもちろん、就活中の人などにも面白い内容だと思いますので、是非楽しみながら読んでいただけたら幸いです😊 

 

注:役職は2015年当時のものとなっており、現在とは異なる場合がございます。予めご了承ください。

 

 

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「私をインタビューするなんて...」と照れている中原さん。可愛らしいショットです!「私をインタビューするなんて...」と照れている中原さん。可愛らしいショットです!

こんにちは。2015年度広報インターンの清水です。昨年10月よりスタートしたスタッフインタビューブログも、ついに最終回を迎えることとなりました!これまで、スタッフの皆さんが国際協力に携わるようになった経緯や、なかなか知ることのできない意外な?一面などをインタビューを通して勉強させていただきました。また、それらを自分たちのものだけにするのではなく、より多くの皆さまにお届けしたいと思ってこのブログを始めたわけですが、いかがでしたでしょうか。このブログを通じて、JVCの魅力的なスタッフを、少しでも身近に感じていただけたら本当に嬉しいです。

最終回を飾ってくださるのは2015年9月より経理を担当されている中原さんです。中原さんは高校を卒業してから一般企業で長らく経理を担当し、JVCの会計ボランティアチームを経て、現在に至るそう。そんな中原さんの魅力をあますところなくお届けしたいと思います!

 

 

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2020インターンインタビュー④ 【松田美夜日】

みなさんこんにちは。広報インターンの金岡です!

 

2020年度インターンインタビュー第4弾と称して、今回はパレスチナ事業インターン松田美夜日さんにインタビューを行いました。✨

 

松田さんは、ゆったりとしていて落ち着いて物事を捉えることができる印象を持っています。

今回のインタビューでも、そんな松田さんが普段どんな生活をしているのかをお聞きしました!パレスチナに興味がある方は要チェックです😎

 

それでは、インタビューに参りましょう!!

 

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インタビューが始まりました。最初からリラックスした雰囲気です。
はじめに…大学生活について教えてください!

大学では総合政策学部に所属しており、中東の特にイスラム文化を勉強しています。イスラム圏の国に行ったことがあるので、卒論も中東関係のことを書こうと思っています。今は引退しましたが、大学では4年間剣道部に入っていました!

 

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インドネシアに行った際の写真。インスタ映え間違えなしです!
剣道はどれくらいやっていましたか?

高校の頃からです。剣道は小学校とか小さい時に始めている人がほとんどだから、高校から始めた人は周りに少なかったです。

高校までスポーツをやっていなかったのですが、なんとなく剣道を始めてみたら、周りの人や先生など環境に恵まれて、剣道にのめりこむことになりました。

大学で剣道を続けたかったのは、高校の引退試合が上手くいかなくて、悔しくて大学でも続けようと思ったからです。実際入ってみると部活ということもあり、大変だったのですが、そこは入る前にじっくり考えていませんでしたね(笑)

 

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剣道部の写真。松田さんの隣の人はお笑い芸人の方です。
国際協力に興味をもったきっかけは何ですか?

はっきりとしたきっかけはないんです。中東の勉強をしたり、英語を話せるようになりたいという気持ちの延長線上に国際協力があった感じです。

具体的なニュースを見たからというわけではなく、大学で海外の問題を勉強するうちに、そういう問題を解決する職業に興味を持ち、NGOという存在を知ってNGOは国際協力をしている組織なのだと段階的に知りました。

大学にはいるまでは、国際協力という存在を意識したことはなかったし、海外の問題を考える授業などがあっても、そこまで深刻に考えたことはありませんでした。

 

JVCに入ったきっかけは何ですか?

大学3年生の初めに、NGOのオフィスの様子を知りたいと思い、検索したらJVCを見つけました。最初は、ボランティアをしたいと思ってJVCの説明会に行ったのですが、JVC事務所と家との距離が遠く、ボランティアよりもインターンの形で関わりたいと思いました。元々NGO自体は、就活を考えた時に就職先として興味があったんです。

JVCに決めたきっかけは、JVCの説明会に行った際、パレスチナ事業の説明を聞き、「パレスチナ」という国にフォーカスした事業があることや、実際にパレスチナに行けることが魅力で決めました。

 

パレスチナ事業を志望した理由とパレスチナ事業インターンの業務を教えてください!

パレスチナ事業を第一志望にした理由は、英語の翻訳業務があったので、業務を通して英語力が伸びればいいなと思ったことと、それまで大学で中東の勉強をしていたので、さらに深く勉強できるいい機会になると思ったからです。

写真などでパレスチナは素敵な場所だと思っていたので、現地に関われる機会があるところもいいなと思いました。

普段している業務は、

 

パレスチナイスラエル関係のニュースを読むこと

②寄付いただいたはがき、切手の管理

③お礼のはがきの送付

④刺繍製品のインスタ販売を開始すること

です。

 

これと並行して、夏からクラウドファンディングに向けてパレスチナに関する記事などを書いていて、充実したインターン活動になっています。

業務の中で難しかったことは、英語のインタビュー記事を日本語の記事にすることです。私は翻訳のスキルが無かったので、まず翻訳すること自体が難しく、それに加えて複雑な問題を抱えた中東のニュースを、わかりやすく日本語の記事にすることが大変でした。

パレスチナに関するニュースはとてもデリケートで、ちょっとした言い回しで思わぬ誤解が生まれてしまうので、そこへの気配りもパレスチナ事業ならではの苦労だと思います。

(松田さんが書いた記事はこちらです!⇊⇊)

パレスチナ映画の紹介とインターン松田からのメッセージ パレスチナ・ガザ地区でお母さんと子どもたちの健康を守りたい!(山村順子(日本国際ボランティアセンター(JVC)) 2020/10/26 投稿) - クラウドファンディング READYFOR (レディーフォー)

 

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インターン業務の写真。
JVCに入ってから気づいた点はありますか?

NGOに入り、クラファンなどに関わってみて、資金を集めることの大変さを知りました。NGOという立場を考えたとき、どういった方法をとって資金を集めていくのかを考えていかなければならないなと思いましたね…。

 

クラウドファンディングに携わってみて率直に思ったことはなんですか?

最初にクラウドファンディングパレスチナ事業でやると聞いて、私はクラファンはベンチャー企業や一部の学生などがやっているイメージを持っていたのですが、実際調べてみると、NGOなど「社会貢献系」の団体が多くクラウドファンディングをしていることを知りました。

今回行ったクラウドファンディングは、寄付者の方から支援と同時にメッセージも届く仕組みでした。そこでの寄付者さんの応援メッセージが、一人一人気持ちがこもっており、こんなにパレスチナのことに気をかけている人がいるのだと改めて感じました。

また、気づいたこととしては、ありがたいことに同じ人から繰り返しご支援をいただいたり、JVCの関係者が多かったことや、寄付者さんの年齢層が高かった印象を持ちました。

なので、これからのパレスチナ事業の課題は、新規の支援者さんを開拓することと、若い世代に興味を持ってもらうことだと思います。

私が残りのインターン期間やっていきたいと思うのは、パレスチナの刺繍製品の売り上げがいまいち伸びてないので、若い世代に届けられるようにSNSを活用していくことを検討しています。

今までたくさんのことをJVCから吸収し、学ばせていただいたので、これからはJVCに還元していけるように頑張りたいと思います。

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パレスチナ事業担当で一枚!クラウドファンディング時の写真です。

 

松田さんが人生で大切にしていることは何ですか?

だいぶ考えたんですけど、無いかもしれないですね(笑)普段特に意識していることはないです。目の前にあることを淡々とやっていこうという感じですかね。

 

庄司 「特にない」っていう考えも良いと思います。これからの人生の中でじっくり決められるって素敵です。

私は、いつ死んでもいいように生きることが人生で大切にしていることだから、淡々と物事はやれないです(笑)

 

※この後インターンは、小学校の時に流行ったプロフィール帳の話で盛り上がりました。

 

松田さんは常に落ち着いている印象なのですが、普段ストレスが溜まったらどう解消していますか?

わりと不機嫌なことがあると顔に出るタイプです(笑)

ストレスが溜まったらご飯を食べてYouTubeを見て忘れます。性格は忘れっぽくて、後に引きずることはめったにない。他のことに没頭すれば忘れられます!

 

金岡 自分はすぐに友達に話してストレスは外に流すタイプなので、自分で消化できる松田さんが羨ましいです(笑)

 

さいごに…無人島に一つだけ持っていくとしたら…!?

メガネです。(即答)

コンタクトかメガネでかなり迷いましたが、冷静に考えてコンタクトは洗浄液も持っていかなければならないのでメガネにしました。

無人島で暮らすには、メガネが無ければ手元がおぼつかないから死活問題ですよね…。

 

金岡 メガネ以外持っていけるとしたら他には何がありますか?

 

お母さんを連れていきたいです。1つの単位としてありなら、家族全員がいいなあ。

 

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無人島に持っていきたいものを凝縮した写真です。一石二鳥。

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いかがでしたでしょうか?

松田さんのパレスチナ愛は、みなさまに伝わったでしょうか‥!?

 

インタビューを行ってみて、自分は何か信念をもったり、「○○しなくてはいけない!」と無意識のうちに思っていたなと感じました。松田さんのように、信念をあえて決めていないことは、その分様々なことを吸収して柔軟な生き方ができることでもあるなと思います。

もしかしたら、それが松田さんが持っている落ち着いた雰囲気につながっているのかもしれませんね!✨

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

インターンインタビューは、残すところあと2人となりました。

時間が過ぎるのが早いっ…。

次は誰になるのでしょうか!?お楽しみに!

 

第18回:南アフリカ事業担当 渡辺直子

 

 

 

こんにちは!広報インターンの庄司です。

 

 今回も、2015年にJVCのHPで公開されたスタッフインタビューを紹介します! NGOで働く人たちには様々なバックグラウンドがあり、国際協力分野に興味がある人はもちろん、就活中の人などにも面白い内容だと思いますので、是非楽しみながら読んでいただけたら幸いです😊 

 

注:役職は2015年当時のものとなっており、現在とは異なる場合がございます。予めご了承ください。

 

 

 

 

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こんにちは、2015年度広報インターンの清水です。すっかり16年度ですが、もう少しだけお付き合いください!さて、今回のインタビューは南アフリカ事業担当の渡辺さんです。渡辺さんは、前回インタビューで白川さんJVC一の美女と推し、私たちインターンの間でも「魅力的すぎる...!」と噂の女性です。どういったいきさつで国際協力の場に、そして南アフリカに携わることになったのでしょうか。色々お話できるのが楽しみです!

 

小さい頃はお菓子屋さんになりたかったそう。かわいい! 

小さい頃はお菓子屋さんになりたかったそう。かわいい!

 

渡辺さんが国際協力の分野に興味をもったきっかけを教えてください。

きっかけは高校生の頃に経験した、2つの出来事です。1つ目は湾岸戦争。私が高校生の頃、ちょうどニュースで日々とりあげられていて、とても衝撃的だったのを覚えています。人々が泣き叫んでいるような現地の様子をみて「かわいそう」とか「助けたい」という気持ちはもちろん、それ以上に「なぜこういうことが起きるのか」を考えるようになりました。高校生ながらに、「戦争が起きない社会というのはどうやって作っていったらいいのだろう」と思っていました。

しかし当時は、その関心を仕事にしようと考えたことはありませんでした。そんな想像すらできなかったです。ただ、現地で救援している人たちの映像が、「この人たち誰なんだろう」とすごく印象には残っていて、そこからみえる世界はどういう風に見えるのだろう、と考えるきっかけになったと思います。

 

もう1つは、ちょうど同じころに、身近で起きた出来事です。私は愛知の田舎で育ったので、家がお墓と田んぼと学校に囲まれていたんですね。ある時、新たな車道をつくるためにお墓と田んぼがつぶれるという出来事がありました。そこは小学生の通学路でしたし、小さい時から、先生にも「お墓の前を通るときは礼をしてから通りなさい」などと言われていたこともあり、お墓には一種の恐れみたいなものを抱いていました。子どもながらにご先祖さまが眠る大事な場所だということは実感していました。

だから、私にとってお墓がなくなるっていうのはものすごく大きなことで、近所の人がよくお参りにきていた、亡くなった方々が眠る、大事な場所が、たった道一本のためになくなって移動するということに衝撃を受けました。

その時にふと、そのことについて「いやだ」とか、「移されたら困る」とか、自分を含めて誰か言えなかったのかな?って思ったんです。愛知は自動車産業が盛んな地域ですし、車道ができればより便利になるとは思いますが、便利さのだけのためにこういったことが起きる事実に、「なんで?」と疑問を抱いたんですね。

 

その時に、目の前で起きたことも、報道を通して見る戦争も、なんというかそれをしている側の人たちって自分の都合で平気で他人の大切なものを奪うというか、おんなじようなこと考えている人たちなんじゃないか、便利とか効率・・一部の力をもった人たちの「欲」のようなものによって動かされる、似たような社会の仕組みのなかで起きているんじゃないのかな?と思うようになりました。

この考え方があたっているのかどうかはわかりませんが、ニュースでみている湾岸戦争が遠いままではなく、自分のこととしてつながった出来事でした。

 

モザンビークで調査のため現地農民の話を聞く渡辺さん(左)。今ではご自身が世界を飛び回る存在にモザンビークで調査のため現地農民の話を聞く渡辺さん(左)。今ではご自身が世界を飛び回る存在に
 

大学ではどんなことを勉強していたんですか?

高校生の頃あまり勉強していなかったので、大学はたまたま受けて合格した英文学科に進学しました。今思えばちゃんと勉強しておけばよかったなぁと思いますが、当時は何を、なぜ勉強したいのかも分からず・・。ぼーっとした子だったので(笑)。

正直なところ、大学入学後も勉強よりクラブ活動やバイトに打ち込んでいました。大学ではなにかスポーツをやってみたいと思いつつも、テニス、バスケやバレーボールだと経験者が多く入りづらかったので、あまり経験者がいないラクロスをはじめました。と言ってもこれまた何がしたかったということもなく、一年生にしてすでにハイヒールとか履いているオシャレな子が多かったなかで、靴下とスニーカーをはいていたという理由で、構内で先輩に声かけられたのがたまたまラクロスでした(笑)。

当時は、一番上が3年生の先輩で、部員が4人しかいなかったのが、私たちの代になってやっと10人以上が入部して、「将来体育会にしよう」という目標を立てて頑張っていました。だからなのか、周りは高校生まで運動部だった子たちばかりで、見込み違いでした(笑)。その中にあっては自分はヘタクソで、すごくきつかったけど、根性はつきました。今でも大事な親友にも出会えました。私が卒業した後ですが正式に体育会の部活として認められたと聞いています。

 

卒業後はどういう進路に進まれたのですか?

バブルがはじけた直後、かつベビーブームの世代だったので、ものすごい就職難と言われていた時代でした。それまで将来のことをあまり考えていなかったこともあり、個性的だった周りの皆が一気に黒髪にして同じようなリクルートスーツを着て動き回りはじめたのを見て、ついていけなくなりました。面接を受けたりして少しはやってみたのですが、志望動機で嘘を並べるくらいならやらない方が良い!と割り切って辞めました。

それで、「私はなにやりたいんだろう...」と思い返した時に、さっき話した2つの出来事を思い出したんです。両親に考えていることを話すと、「これまであなたはストレートに生きてきたんだから、1回くらい休んでゆっくり考えてみてもいいんじゃない?」と言って見守ってくれました。「私大&下宿」というお金のかかる大学生活を送っていたにも関わらず、こういう風に好きにさせてくれたことには、本当に感謝しかないです。

 

卒業後はアルバイトでお金を貯めながら、チェコフィンランドなどで数か月間、酸性雨の影響を受けた森林再生プロジェクトに携わりました。

この地域のこの課題にこだわりがあったわけではなく、実は、中東やケニアやモロッコといったアフリカ地域にも応募していたのですが、たまたま空きがあったのがこのプログラムでした。傷んだ木を切り出したりと体力が必要で大変だったのですが、世界中から15人くらいの同世代が集まっていたので楽しかったです。みんな同じくらいの年なのに、本当にいろんな生き方をしていました。それに刺激を受けて「なんだ、別に大学卒業してすぐに就職しなくたってなんとかなるじゃん」って思いました(笑)。

ここでNGOという存在に触れ、将来を考えるにあたって、まずNGOで働いてみるか、大学院に進学するかどちらかをしたいと思うようになりました。

 

フィンランドでボランティアしていた時の写真。いろんなバックグラウンドをもった同世代の仲間と過ごせて、世界を見る目が広がりましたフィンランドでボランティアしていた時の写真。いろんなバックグラウンドをもった同世代の仲間と過ごせて、世界を見る目が広がりました。
フィンランドの森林。これから作業に行くところフィンランドの森林。これから作業に行くところ
 
 
 
 
森がお似合いです!森がお似合いです!
 

その後は縁あって、まずイギリスの海洋生物保護団体/NGOで1年半ほど仕事をしました。海洋生物に関する知識はなかったのですが、もともと動物が大好きで動物や動物が暮らす環境の保護に興味がありましたし、「開発によって自然が壊される」ことへの疑問が高校生の頃の経験の延長線上にありました。

今ではすっかり忘れてしまいましたが、当時はクジラ図鑑とかいろんな本を日本から送ってもらったりして、勉強していました。20代前半の異国から来た若造を温かく迎え入れてくれて、とてもいい雰囲気の団体でした。すばらしい方々がたくさんいて、仕事を任せてくれつつも、丁寧にフォローしてくれて、とても充実していて楽しかったです。

  

イギリス時代に滞在していたバースは街全体が世界遺産に登録されたとても美しいところでしたイギリス時代に滞在していたバースは街全体が世界遺産に登録されたとても美しいところでした
イギリス時代の上司たちと。彼女たちが仕事を任せてくれつつ、すごく優しく丁寧に教えてくれたので乗り切れましたイギリス時代の上司たちと。彼女たちが仕事を任せてくれつつ、すごく優しく丁寧に教えてくれたので乗り切れました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

帰国後はどうされたんですか?

日本の大学院に進学しました。イギリスには環境学や開発学が有名な大学院がたくさんあって、同僚には大学院を出た人もたくさんいたので皆情報をくれて、イギリスでの進学を勧めてくれたけれど、やっぱり私は日本の大学院に行きたいな、と思いました。仕事をとおして、環境保護の問題を考えたときに、人のあり方、社会のありようの問題だなと強く感じたのがきっかけです。だから知識をつけるというよりは「問題」とされる社会の課題をどこからどう切り取るのか、考え方や、ものの捉え方を学びたいと思うようになりました。そういうことを学ぶには、やっぱり母語が良いと思ったんです。

大学院でのフィールドワークは、村を流れる河川でダム開発が進んでいる山村で行いました。その地域では、支流ごとに集落があったのですが、1つの小さな集落だけがダム開発に対してはっきりと「NO」と主張し、開発を止めている事例がありました。当時、事業環境問題に対して社会学的な視点から考える、ということを勉強していて、大学院で学んだことは、JVCでの活動や今携わっているモザンビーク・プロサバンナ事業に関する取り組みにもつながっているなぁと思います。

誰のどの立場から「問題」を見るかによって見えてくるものが全くちがいます。その際、自分がなぜ、どの立場に立ちたいのか。人が「NO」といった時にそこにある論理がなんなのか?それは社会の何と結びついているのか・・。全くいい学生ではありませんでしたが、いろんな視点から物事を考える訓練をさせてもらいました。これらのことが現地の人びとが置かれた現実を捉えたり、政策を考えるうえで非常に重要であると今も感じています。

 

なぜJVCに?

NGOを経て、大学院で学んで・・、またNGOに戻りたいな、と思いました。

やはり高校生の時の、「お墓をつぶされたことに声をあげられなかった」という経験が強く残っているんですよね。自分が実際にそういう経験をしたもんだから、「声をあげられない人の声」にすごく関心があって、そこから世界を見て、そういう人たちの声がちゃんと反映される社会をつくりたい、そこから課題を解決したい、という気持ちがあり、それが可能なのがNGOだと感じたんですね。

 

JVCのことはもともと知っていたわけではなくて調べていく中で知りました。オリエンテーションに参加したときに、団体紹介ビデオの中で、JVCの創設期の事務局長・現顧問の星野昌子さんが「団体として迷いがなくなったらおしまいだ」といったことをおっしゃっていて、他にも「すごく共感できる団体だな」と思い、こういう人がいる団体で活動してみたいと思いました。

それで当時、いつもそうなんですが(笑)、強い意志があったわけではなくて自分が関わる国はどこでも良く、むしろ大学院時代の背景からも、国内での活動もいいと思っていたのですが、縁あってJVCに来て南アフリカ事業を担当することになりました。関わるうちに、いっきにアフリカが大好きになりました!

 

清水:家にアフリカの雑貨があったりするんですか?

 

あります!アフリカの籠が好きで、南アのほかに、モザンビークジンバブエで買ったものも沢山あります。母親には「一体何個買うんだ!」と怒られていますが、飼っている猫たち(一時保護も含めて現在は7匹と同居をしているそう!)用にと買ってきたものも多いです。でも籠では寝てくれず、なぜか古い段ボール箱とかが好きなんですよね・・。あとは、習おうと思って買ったのにまったくやっていないジャンべがあったり、木でできたお皿とか、小物系はたくさんあります!

 

まだまだあります!左上は椅子で、スーダンの難民キャンプで使っていて気に入って持ち帰ってきたもの。ジャンベ以外は全部活用しています。猫たちも写真撮影に参加まだまだあります!左上は椅子で、スーダンの難民キャンプで使っていて気に入って持ち帰ってきたもの。ジャンベ以外は全部活用しています。猫たちも写真撮影に参加
なぜか籠では寝てくれませんなぜか籠では寝てくれません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この仕事をしていて一番嬉しかったことは?

南アフリカでは、アパルトヘイトがあったことで世界から差別されてきた、かわいそうな黒人」という見られ方をされ、94年の民主化後の復興期は「与えられる支援」が中心でした。また、もともと農業や牧畜を中心としていた人々が多く、都市部には白人が経営する鉱山へ、あるいは家政婦として「出稼ぎ」しにきている人が多いにもかかわらず、都市部に支援が集まってばかりでした。

このためJVCでは南アフリカの人たちの暮らしを安定させるには農村部の復興も必要と考え、2000年に入り、農村地域で環境保全型農業、いわゆる有機農業の研修を行う活動を始めました。

活動では暮らしをよくするだけではなくて、アパルトヘイト下で失われた自信や尊厳を取り戻すことも大切にしました。それには、そこに「あるもの」を活かすこと、それによって自分たちでできると思うことが重要です。また、私たちNGOはいずれいなくなる存在です。この考えに共感してくれた現地の素敵なトレーナーとともに活動を開始しました。

 ですがアパルトヘイト下で黒人たちがもともと営んできた小規模な農業が破壊された南アフリカでは、農業といえば、白人が大規模に経営する農場がロールモデルでした。このため最初は、「水がないとできない」「トラクターが必要だ」「種と化学肥料と農薬を買ってくれ」など、「ないないづくし」でした。そもそも農業が破壊されたから「農民」もいない。

 

だからまず活動の考え方に賛同して、一緒に実践してみようと思う人を見つけること、そして実践が定着することがほんとうに難しく、実践者の数が増えるまでにとても時間がかかりました。私は2005年、ちょうど活動の中盤に参加させてもらったわけですが、当時でも村の人たちからは「もうちょっとあれがほしい、これがほしい」みたいな意見が出ていました。

 ですが、2009年におこなった最後の振り返りの評価では、「もうJVCがいなくなっても大丈夫。自分たちでできる。でも、自分たちがしていることにまだ不安はあるから、これからもたまに顔を見せてほしい。友人としてここに遊びに来てくれ」と言われたんです。支援する側、される側という関係じゃなく、ひとりの人間としてみてくれたことが本当に嬉しく、プロジェクトが終わって5年以上経ついまも、関係は続いています。彼女・彼らがいまでも学んだことを実践して、他の住民に広げている様子には、勇気づけられます。

また、同じ評価においてある女性に「活動を通しての変化」を聞いたときに、「I became a human(ようやく人間になれた気がする)」と言われた時も本当に嬉しかったです。南アフリカの人たちはとても哲学的なところがあって、似たような言葉は他にも聞きました。これに限らず、一緒に活動している人たちの変化を見るのはすごく嬉しいことです。

 

活動で出会った人たちには他にも素敵な言葉をたくさんもらっていて、そのたびにいろいろと学んだり考えるきっかけをつくってもらっています。私も悩みながらなんとか10年活動を続けてきましたが、いつも彼女・彼らの言葉に励まされて、いろんな視点をもらって、考えることができて、今があります。嫌な人ももちろんいるけど(笑)、尊敬する人が、本当に多くて、自分も成長しなければ!といつも刺激を受けています。

 

インタビューをしてみての感想

かねてから、お話をじっくり聞いてみたい!と思っていたので、念願のインタビューでした。思慮深いところや「声をあげられない人の声になりたい」という意志の強さは本当にかっこよく、憧れの方だと改めて思いました。

 

次回予告!

次回は「優しい笑顔がチャームポイント」のあの方にインタビューします!乞うご期待!

ニコニコ笑顔がポイントですニコニコ笑顔がポイントです
 
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いかがでしたか?
お楽しみいただけたら、幸いです😊
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
 
それでは、また!🦉
 
 
 
 

第17回:南相馬事業担当 白川徹

 

こんにちは!広報インターンの庄司です。

 

 今回は、2015年にJVCのHPで公開されたスタッフインタビューを紹介します! NGOで働く人たちには様々なバックグラウンドがあり、国際協力分野に興味がある人はもちろん、就活中の人などにも面白い内容だと思いますので、是非楽しみながら読んでいただけたら幸いです😊 

  

注:役職は2015年当時のものとなっており、現在とは異なる場合がございます。予めご了承ください。

 

 

 

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一見ちょっと怖そうですが、話すとやさしい方です一見ちょっと怖そうですが、話すとやさしい方です

こんにちは。2015年度広報インターンの渡辺です。年度が変わってしまっていますが、引き続き、スタッフインタビューをお届けいたします。第17回は、南相馬担当の白川徹さんです。白川さんはJVC職員になる前は、紛争地を扱うジャーナリストだったそう。21歳の頃にはアフガニスタンでの取材をおこなった経験をお持ちです。そんな異色の経歴を持つ白川さんが今なぜ、NGOの職員となり、福島県南相馬市を担当しているのでしょうか。そこにはどんな背景があったのでしょうか。探っていきたいと思います。

 

 

 

もともとはジャーナリストであったと聞きました。なかなか周りにいない職業なのですが、どうしてジャーナリストになろうと思ったんですか?

中学生のときから、ジャーナリストになりたいという夢を持っていました。ちょうどイラク戦争アフガニスタン戦争が起きた頃で、一般メディアがあまり伝えていない事実を、自分の目で見て発信していたジャーナリストの人がいて、それに憧れたのがきっかけでした。

最初は記者になりたいと思い新聞社に入りたいとも思っていましたが、新聞社で特派員になれるのは30歳以降だし、行きたい場所に行けるかも分かりません。ですから「もう自分でやるしかない!」と思い立って、フリーランスのジャーナリストになりました。


オーストラリアの大学に在学中、大学を放り投げて日本に帰国し活動をはじめたので、21歳の頃のことでしたね。日本ではアジアプレスインターナショナルという、フリーランスのジャーナリストの集団の代表に無理やり弟子入りして、基本的なことを教えてもらいました。

なかなか普通じゃないですね(笑)。その後、どのような活動をされたんですか?

2006年の12月、初めてアフガニスタンに入りました。
アフガニスタンのカブールはとても寒いところで、マイナス20度にもなるような場所でした。

難民キャンプに行き取材をしていくと、毎日、寒さと飢えで人が死んで行きました。こうした現実を目にして、生の人間たちと接していく中で、改めて、この事実を伝えなければいけないと強く感じたことをよく覚えています。目の前で死んでいく人がいても、それを伝える人がいなかったら、それは僕たちの社会ではなかったことと同じことにされてしまう。それが嫌で、伝えたくて、とにかく必死でした。

 

アフガニスタンで取材中の白川さん(写真中央)。10キロの防弾チョッキを背負っていますアフガニスタンで取材中の白川さん(写真中央)。10キロの防弾チョッキを背負っています

       

日本に帰ってきて、100件くらいのメディアに片っ端から電話をかけました。当時、アフガニスタンのイシューはニュース・バリューが低いネタとして扱われていました。電話なんてすぐに切られてしまうことが多かったです。

そんな中、諦めずに活動を続けていくうちに、少しづづ『AERA』、『DAYS JAPAN』、『週刊金曜日』などの媒体に取り上げてもらえるようになりました。ジャーナリストになりたての20代の若者だったけど、徐々に新聞社や雑誌などから仕事をもらえるようになりました。

 

ジャーナリストはある意味、危険地帯に行くことが仕事だと思いますが、恐怖心などはないんですか?

白川さんの著書『悲しきアフガンの美しい人々』(アストラ・2011年)。アフガニスタンの人々の怒り、絶望、怯え、希望が60数枚の写真とともに記録されています。白川さんの著書『悲しきアフガンの美しい人々』(アストラ・2011年)アフガニスタンの人々の怒り、絶望、怯え、希望が60数枚の写真とともに記録されています。

もちろん迷いもあるし、当たり前に怖いです。僕だってできれば戦場には行きたくありません。でも自分がやらなきゃ、誰が事実を伝えるんだろうか?誰もやらないなら、自分がやろう。そういう覚悟のもと、取材を行っていました。

どんな人にもやるべき使命があると僕は思っていて、それが僕にとっては伝えること、ジャーナリストになることでした。僕にとっての敵は人々の無知や無関心。それらと戦うために、伝えるために、ジャーナリストを続けていました。

 

 

 

どうしてJVCの職員になったんですか?

ジャーナリストとして活動を続けていくうちに、僕はだんだんと疲れ切ってしまったんです。

金銭的にも体力的にも厳しい仕事であるし、世の中の人々になかなか響かないことにも疲れてしまって。自分の心に休息を与えることが必要だと思って、1年、立ち止まる期間を設けようと思ったんです。

それで応募したのが、JVCインターンでした。もともとアフガニスタンで活動を行うJVCは僕の取材の対象であり、現地での取材で協力してもらっている関係でした。そんな縁もあって、1年間、アフガニスタンインターンとして採用をされました。

 

そして2011年3月、あと1ヵ月で1年のインターンがはじまるという時に起きたのが東日本大震災でした。僕は被災地に取材に行こうと、福島県南相馬市に向かい、原発の目の前まで行きました。そしてその被害の大きさに息を飲みました。支援も行き届いておらず、津波の被害地域では防護服を着た警官が遺体捜索をしていました。痩せこけた牛や馬、死んでしまった犬まで散乱していました。

想像以上の被害に頭の中で整理がつけられず、僕はその場で取材することができなくなってしまったんです。

 

取材って、する方もされる方も本当にしんどいものなんです。

今まで僕はアフガニスタンでは、どんなに傷ついた人にもカメラを向けてきました。それは彼らにすごく共感をして、同じ人間として「伝えたい」と思ったからでしたが、なぜか、南相馬市の人たちには同じようにはできませんでした。だから僕は取材をやめて東京に戻りました。

もやもやした気持ちを抱えたまま、JVCでのインターンが始まりました。始めて2、3週間が経った頃、事務局長の長谷部さんに呼ばれて、「アルバイトがあるんだけど、興味はないか?」と声をかけられました。

そしてその作業を手伝っているうちに、JVCが新たに始めることとなった南相馬の事業の担当職員になることになりました。正直、いろいろなことで頭がいっぱいな中、いつの間にかJVC職員になっていました(笑)

 

何か強い縁を感じますね。職員になってみていかがでしたか?

南相馬事業で関わる皆さんと。変えたい対象が南相馬に移っただけで、自分の使命には何ら変わりがないと言い切る姿が印象的でした南相馬事業で関わる皆さんと。変えたい対象が南相馬に移っただけで、自分の使命には何ら変わりがないと言い切る姿が印象的でした

正直決算やレポートも初めての経験ばかりで大変だったけど、やっていくうちに自分の中にしっくりくるものを感じるようになりました。

それまで僕はジャーナリストだった訳ですが、ジャーナリストとNGO職員はやっている内容はもちろん違うけど、車の両輪の関係みたいなものであるように感じたんです。

「世界をちょっとでもよくしたい」という思いで動いていることは共通していましたし、僕にとっての敵は人々の無知や無関心ですが、それらをなくすために自分自身で動いて発信をしていくということのできる場でもありました。

現在、南相馬の事業では仮設住宅で人々が集うサロン運営の活動をしています。これをやらなければ、仮設住宅で行き場がなく、孤独死してしまう人が出たかもしれません。

僕がやらなきゃできなかったかもしれないこの活動で、変えられたのは小さなことかもしれませんが、それでも、「変えられた」という小さな事実が、自分を支えてくれています。

 

インタビューをしてみての感想

ジャーナリストとNGO職員の2つの顔を持つ白川さんは、視点をたくさん持っている人だなと感じました。

自身で見てきた事実を熱く話してくださる姿にすっかり引き込まれたと同時に、いろんな視点からの話を聞けて、発見がたくさんありました。怖くても自分の使命と向き合っていくところに、真の強さを見ました。

 

次回予告!

白川さんが「JVC1の美人!」とおっしゃるあの方にインタビュー!

 

絵は苦手なようです(笑)絵は苦手なようです(笑)
撮ることは多いが、カメラを向けられることはあまりないという白川さんの面白い表情を頂いちゃいました!撮ることは多いが、カメラを向けられることはあまりないという白川さんの面白い表情を頂いちゃいました!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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いかかでしたか?
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます✨
 
それではまた、お会いしましょう!
 
 
 
 
 

2020インターンインタビュー③【堀江恵】

 

 

こんにちは!広報インターンの庄司です🤗

今回は、2020年度収益インターンの堀江恵さんにインタビューした様子をお届けします!

 

幼少期からガールスカウト、サマースクール、ニュージーランドへの留学、最近ではルワンダへのスタディーツアーなど、豊富な経験から社会問題に触れる機会が多かった堀江さん。海外に馴染みのある、お父さんからの影響もお話してもらいました!

 

共通の価値観でも盛り上がり、とても楽しいインタビューとなりました🐌🍁

 

みなさんにも楽しんでいただけたら幸いです!

 

 

 

 

 

  • ではさっそく、自己紹介からお願いします!

堀江恵です。大学3年生で、専攻は国際政治です。好きな食べ物は餃子で、趣味は寝ることや食べること、歌うことやカラオケ、映画とか本読むのも好きです。

 

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オンラインインタビュー中の様子です🦅(左:堀江、右:庄司)

 

  • 国際協力に興味を持ったきっかけを教えて下さい。

幼稚園年長の頃からガールスカウト(幼稚園から高校生までがスカウト、大学生以上はリーダーとなり、今は教える立場の堀江さん)をやっていて、”誰かを助ける”というのはずっとやってきたことでした。

国際協力自体に興味を持ったのは高校二年生の時、日本の次世代リーダー養成塾に参加したことです。そこで、色んな人から講義をしてもらいました。子どもの権利に関するNGOで働く人がそこでの活動内容を話してくれ、児童労働の状況を聞いた時に、自分にもなにかできないかと興味を持ちました。

 

  • 日本の次世代リーダー養成塾に参加した経緯や内容について、もう少し詳しく教えて下さい。

NZ留学が終わった後、もっと色々な人と関わりたいと思ったことや、日本を含めた世界で起きてる問題を知りたいと思ったことが参加のきっかけでした。

 

2週間のサマースクールみたいなもので、日本全国から高校生が200人くらい集まり、研修プログラムを受けました。

グループに分かれて、社会問題解決に向けたディスカッションを、それぞれのテーマで考えていきます。最終的に、全グループがプレゼンし全員で投票した後、1位から3位まで決めていました。私たちのグループは教育格差の解決について取り組んでいました。

その他にも、世界で活躍する日本人の人たちに講義をしてもらって話を聞くというのもありました。マレーシアのマハティールさん(今年2月に辞表を提出していますが、次期首相が指名されるまで現在も首相)が来日して、お話をしてくれました。

 

―なるほど。ガールスカウトの経験もあって、幼稚園の頃から社会問題に触れたり考えたりするのは日常だったのですか?

 

通っていた小学校がミッションスクールだったのもあるかもしれません。

そこでは”おにぎり献金”というのがあって、お昼をおかず入りのお弁当じゃなく、おにぎりだけにする。自分たちのお弁当にいつも入っているおかず分を寄付する、というのが毎年ありました。

”寄付した分は〇〇国のワクチンに当てました” という報告を毎回受けたりもしていたので、そういうのも影響していると思います。

 

―そんなのがあるんですね、、知らなかった、、!

 

  • 大学で国際政治を学んでいてアフリカ専門と聞きましたが、アフリカを選んだ理由はありますか?

厳密にはメジャー(専攻)が国際政治で、マイナー(副専攻)がアフリカです。

アフリカに興味を持ったきっかけは、父と兄がアフリカに行ったことです。

アフリカには親しみがなかったけど、家族が2人も別の理由でアフリカに行ったことで、”あ、アフリカって行けるんだ!”と身近に感じました。それで、どういうところなのか興味が湧いて、地域選択できるならアフリカがいいなと思い、選びました。

 

―お父さんとお兄さんはどんな理由でアフリカに行ったんですか?

 

兄は高校生の頃スタディーツアーでウガンダへ行き、父は一年間NGOで働いていた時にナイジェリアと南スーダンへ行きました。

実は、父が次の渡航で検討していたガザはどんな状況なのか聞きにJVCに行った際、当時並木さんがパレスチナの担当だったんです。そこでJVCを知りました。

 

―子どもの頃からお父さんの影響を受けていたと思いますか?

 

はい。自分の中でも、父の影響は大きいと思います。

高校の時一年間NZへ留学したのも、父から「一回は留学したほうがいい」と言われていたからです。

本当は中学の時に行ってほしかったみたいですが、ちょうど部活で部長をやっていたので流石に抜けられず、高校生の時に行きました。父は日本にあまり住んでいなくて、感覚も自分とぜんぜん違うと思います。そういう意味でも、父の影響はすごく大きいと思っています。

 

―中学のうちから留学してこいと言われるのすごいですね。羨ましい。。笑

 

笑笑。でも、その時はあんまり行きたくなくて。中学卒業して一区切りついたから「まあいいか、」みたいな感じで行ったんです。

 

  • 海外での留学経験やスタディーツアーに参加した中で、印象に残っているエピソードを教えて下さい!

大学二年生のゴールデンウイーク中に、平和構築のスタディーツアーでルワンダへ行きました。

ルワンダは1994年に大虐殺があって、去年ちょうど25周年だったんです。

いろんなテスティモニー(証言)を聞かせてらった中で、被害者加害者両方から話を聞いたりしたのが印象に残っています。

 

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ルワンダでの写真(撮影:堀江さん)

 

 

―どんな話を聞いたんですか?

 

どうやって平和構築や和解をしていくかなどの話を聞きました。

ある離れた村で日本人がやっている和解プロジェクトがあって、その人のところへ行き、当時の話というよりかはその後の話を聞きました。

ジェノサイドの後にどうやって和解をしていくのかというプロセスの中で、被害者の人だったらどうやって加害者の人を「許していくのか」だったり、加害者の人だったら、罪悪感もあるなかどうやって被害者の人と「わかり合っていくのか」、一緒に同じ村で暮らしていく上でどうやって「共存していくのか」などです。

そこでは、和解してもらうための話し合いの場を設けるプロジェクトをやっていました。当事者同士だけにせず仲介を設けて、被害者の人はこう言っているけど、あなた(加害者)はどう思う?などと聞き、その人たちが大丈夫そうであれば、次のステップとして話し合いの場を設けます。第三者ももちろん入れて。

 

―当事者の立場を尊重しながら、慎重にステップを踏んでいるんですね。

 

話し合いは、同じ村で暮らしていく上でずっと避けては通れないものです。

同じ村に住んでいるので。経済的にもそこから離れることができません。どうしても道ですれ違ったりとか、隣に住んでいたりします。だから、話し合うのが大事です。あとは養豚プロジェクトで豚を一緒に育てたり、女の人たちだったらブックカバーを一緒に作って関わりを持たせたりなどの方法もあります。

 

―何かを一緒にやることで繋がりをつくっていくんですね。JVCの活動でも大事にされている「足りないものをあげるのではなく、つくる道を一緒に考える」を思い出します。NZはどんな感じでしたか?

 

NZは、長い間家族と離れて暮らすのが初めてだったのでドキドキしていました。一年経ってみると、もうちょっといたいなと思ったりしましたが。笑

 

―NZのどんなところが好きでした?

 

日本だと、住んでいるとこが東京なので都会ですが、NZではド田舎のところに住んでいました。

都市とも離れた場所だったので、その田舎感が好きでした。学校の隣にあったフェンスまで羊が来ることもあって。一年という期間だったからよかったのかも知れないけど、そういう環境が心地よかったです。 

 

―授業やクラスメイトの様子はどんな感じでしたか?

 

学校には現地の学生もいれば、留学生もいるようなところでした。日本人は学校に十人もいないような環境で、英語だけは留学生用の授業を受けていました。

授業中は席も自由だし、毎回自分たちで教室を移動するので日本みたいに自分たちの教室があるわけではなく、先生がいるクラスに自分たちが行くのが普通でした。

 

 

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ニュージーランドにて留学中の写真(撮影:堀江さん)

 

あと、体育はPE(日本のようにスポーツテストをしたり、グラウンドで競技したり)とかじゃなくて、アウトドアエデュケーションというもので、ロッククライミングやキャンプ、マウンテンバイクなどをやりました。自然の中にある本物の岩を使ったり、キャンプも雪山の麓にいったり。そういう授業は中々日本にないなと思います。

 

びっくりしたのは、体育の授業の後に更衣室で着替えていたら、警察犬が抜き打ちで入ってきて麻薬チェックをされたことです。みんな慣れていて、よくあるもののようでした。誰かが捕まって帰ってくるときも、先生や生徒たちは「おー、おかえり!」みたいな感じで。笑

 

―笑笑。日本にはない、色んな意味で貴重な体験ですね。

 

  • JVCの話に移りますが、収益インターンとして働き始めて半年、日々の業務や所感などを教えて下さい!

今はカレンダーの注文をひたすら入力しています。

もともと収益と聞いて、ひたすら数字を追うものだと思っていましたが、数字だけでなくカレンダーに関する広報的な業務を担っています。

バナーを作ったり、HPを作ったり。収益以外にも自分でやりたいことがあったらやっていいよ~!という感じなので、ゆるいんだな~と思いました。

 

―やりたい企画にフィードバックを何度もくれたり、自由にやらせてもらえる環境はありがたいですよね。これからJVCでやっていきたいことはありますか?

 

収益を少しでも増やしたいので、インスタグラム内でショップを開くために試行錯誤中です。インターン企画もこれから実行していくので楽しみです。最後に何かしら形に残せる物があればいいなと思います。

 

※後日、無事にショップを開設することができたそうです!ぜひご覧ください↓✨

https://www.instagram.com/ngo_jvc/

 

 

―思い描いているものを形に残すのは大事ですよね。これから個人的にやりたいこととかはありますか?

 

旅行したいです。あと、健康になりたい。長生きしたいので。日野原さんって知ってますか?

 

―『10歳の君へ』って本を妹にあげたことあります!

 

そうそう、いっぱい本書かれていて。

もう亡くなってしまったけど、聖路加病院の先生だったんです。その人の健康に関する本を読んで何が体にいいのか、などを勉強しています。

あと、最近ヨガを始めて、週に2、3回は必ずやるようになりました。筋力が自粛期間でめっちゃなくなったんです。体も硬くなったし、、。

 

―わかります。医療に頼らず長生きできたらいいですよね。

 

はい。私目標が、110歳まで生きることなんです。これは人生の大目標。

1999年生まれなので、102歳を超えると3世紀生きたことになるんです。110歳でもジョギングしてるおばあちゃんでいたい。

 

―めっちゃかっこいいですね!22世紀どんな感じでしょう。。

 

22世紀ってドラえもんいますもんね。笑 あと80年後にドラえもん、、。

 

―2、30年前のIT環境や暮らしと比べたら今すごいことになってますよね~。30年後は意識(脳のパーツ)だけ現世に残して、VRと繋げる死後の世界を商売にしてる企業とかありそう(SFの見すぎです)。笑

 

なにそれ~!笑 それもそれでどうなんだろう。笑

 

―あたしは肉体的に死んだらもう死にたいです。笑 

 

笑笑笑。日本もそうだけど、一回経済的に成長したら人口ってどんどん減っていくじゃないですか。今ならヨーロッパとかがそうだけど、人口が減って高齢化していくから、結局最終的には人間絶滅するんじゃないかって思っていて。

まあそこまで長生きはしたくないんだけど、、。笑

やっぱり、堀江恵として存在する人生は一度切りだから、その間に悔いなく色んな経験をして、死ぬ時に良き人生だったなと思って死んでいきたいな。

 

―色んな経験ができるって幸せですよね。

 

一回は宇宙に行きたい。無重力経験したいです。地球を上から見てみたいんです。

 

―私も~!!

 

去年、本当に宇宙飛行士になってやろうと思ったけど、募集要項とか見ていたらやっぱりもっと前から理系の勉强していないと無理だ~って思いました。笑

 

―私も文系なのに、大学受験日の2週間前に急に宇宙飛行士になりたくなって、宇宙工学学部のある大学に応募しようとしたことあります。。親に止められたけど。笑

 

笑笑。やっぱみんな一回は宇宙飛行士になりたいって思いますよね。

 

―ロマンですね。

 

  • じゃあ最後に、無人島に一つだけ持っていくなら?(これは、相手の性格や思想を理解するのに良いのでは!と思い、いつも聞いている質問です👶)

技術が発展していたら、ドラえもんですね。今はまだないから、通気性のいいテント。寝泊まりできて、自分のスペースが確保できる物を持っていきたい。

無人島だからプライバシーとか関係ないけど、なにかに包まれてたい、みたいな。笑

家みたいな拠点がほしいですね。食べ物とか他はなんとかなるかなと思っているので。

 

―おぉ~。現実的かつロマンのある発想ですね。

 



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いかがでしたか?😊

 

「誰かを助けることは当たりまえ」

そんな感覚を根本に持っている堀江さんからは、私とはまた違う視点から国際協力という分野を見ているのだなと感じました。

 

堀江さんの温かい人柄のなかにある、あらゆる経験から生まれた価値観が私にはいつも刺激になります。

 

これからはインターン考案企画で一緒にJVCを盛り上げていけたらいいなと思います!

 

引き続き、インターンインタビューをはじめ、スタッフインタビューも行っていきますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

それでは、また!✨

 

 

第16回:気仙沼事業担当 横山和夫

こんにちは!広報インターンの庄司です。

 

今回は、前回に引き続き、2015年にJVCのHPで公開されたスタッフインタビューを紹介します!

 

 NGOで働く人たちには様々なバックグラウンドがあり、国際協力分野に興味がある人はもちろん、就活中の人などにも面白い内容だと思いますので、是非楽しみながら読んでいただけたら幸いです😊

 

注:役職は2015年当時のものとなっており、現在とは異なる場合がございます。予めご了承ください。

 

 

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こんにちは。広報インターンの清水です。本日のインタビューは気仙沼事業担当の横山さんです。岩手県盛岡市で生まれ、大学進学で東京に来るまで、福島県宮城県で育った横山さん。どのような経緯で現在の仕事へ就くことになったのでしょうか。色々聞いてみたいと思います!

小さい頃からラジオを1から作ったり、モノづくり一筋だったという横山さん。小さい頃からラジオを1から作ったり、モノづくり一筋だったという横山さん。
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